浅田次郎:「天切り松闇がたり 4 昭和侠盗伝」を読んだ感想と、理想の女性について。

「へえ。そういう物騒な文句は、この体をあらためてからおっしゃいまし」

※集英社文庫 天切り松 闇がたり 第四巻 昭和侠盗伝 浅田次郎著 P266より引用

街の装いは近代化しても、人間の権利が性別によって制限されていた時代。女性であるだけで、一人で生き抜くことが難しかった時代。それなら心意気で渡ってみせると、挑み咲かせる徒花は、誰が見ても心に残る。

こんにちは。読書@toiletです。

読書@toiletの読書日記も兼ねて読んだ本の紹介させていただいてます。

天切り松の姉貴分

本作は浅田次郎先生の天切り松シリーズ第4作、「天切り松 闇がたり 第四巻 昭和侠盗伝」です。何度も繰り返して書いていますが、天切り松シリーズの特徴は、何と言っても粋でいなせな登場人物のキャラクターと、江戸弁でブツケられる小気味良い啖呵でしょう。

本作は昭和初期。関東大震災後の東京を舞台としています。日本が太平洋戦争へ突入する直前の不穏な時代ですね。

冒頭のセリフは、怪盗天切り松こと松蔵が、まだ若くドロボーの修行時代に「姉さん」と慕った「振袖おこん」(または玄の前のおこん)のセリフです。

怪盗天切り松が「姉さん」と呼ぶのですから、振り袖おこんも当然ドロボーです。2つ名の由来や、どんなドロボーか?は、ぜひ天切り松シリーズを読んでいただくとして、このおこん姉さん、とんでもなく男前な女性です。

以下、冒頭のセリフを含む、おこん姉さんのやり取りを抜粋します。ある夏の日、ちょっとしたトラブルに巻き込まれ、銀座の町中で刑事にスリを働いた、と疑いをかけられたシーンでのやり取り。

「へえ。そういう物騒な文句は、この体を改めてからおっしゃいまし」

刑事の腕を掴み直すと、おこんはぐいと力ずくにカフェー・ライオンの横路地へと引きづりこんだ。美濃常とのすきまの、御用聞きが裏口へと通るばかりの狭い路地である。おこんは信玄袋を刑事の旨に投げつけると、絽の両袖を肩までたくし上げ、股に手刀を切って腰を割った。

「現行犯だてえんなら、何も暑いさなかに桜田門まで伸(の)すことァねえ。この尾張町のまんまん中で、振袖おこんの股ぐらまで調べていただきましょう。さあどうした。堅気の女に掏摸(モサ)の泥棒(ノシ)のと濡れ衣を着せやがって、鶴丸の看板なら百歩譲って勘弁もしてやるが、相手が桜の代紋なら了見できねえぞ。体を浚って何も出ねえてんなら、きのうきょう駆け出しのてめえの首なんざ、黒竜江のあっち河岸までどばしてやる。さあ、どしたい。ちょいとばかり薹(とう)はたっちゃいるが、まだまだ男が浚って損する体じゃあねえぞ」

※集英社文庫 天切り松 闇がたり 第四巻 昭和侠盗伝 浅田次郎著 P266より抜粋

色々と分からない言葉も出てきますが、

✔ 桜田門/桜の代紋=警視庁=警察

✔ 鶴丸の看板=銀座松屋のこと。おこんの容疑は銀座松屋でのスリ。

✔ 黒竜江=中国とロシアの国境にある河。省都はハルピン。つまり昭和初期の世相を映していると考えられます。

なので、

「スリの現行犯と疑うのなら、この町中で素っ裸にして調べてみろ。ただし、それで勘違いだったら、松屋の店員なら許してもやるが、警察官は許されない。その首を飛ばしてやるからな!やってみろ」

と挑発しているわけです。翻訳すると、ただの不良女性の安い挑発なんですね。

天切り松シリーズの記事では、本当に何度も繰り返しになるのですが、これが浅田次郎先生の伝法な江戸弁になると、迫力が全く違います。言葉のチカラは凄いものです。

✔ 両袖をたくし上げ、股に手刀を切って・・・

✔ 桜の代紋なら了見できねえぞ・・・

✔ まだまだ男が浚って(さらって)損する体じゃねえぞ・・・

たぶん刑事が挑発にのって、取り調べを始めたら、本当に素っ裸になるんでしょうね。そして何も出ないので、この刑事は懲戒免職になるのでしょう。

ずっと眺めていたい理想の女性

引き続き、おこん姉さんの話です。この人、ヤクザみたいな物言いですが、とびきり美人の設定です。

以下、天切り松の解説です。

「・・・・いつの世にも銀座通りを歩けァ、いい女はいくらだって拝めるがよ。上ッツラばかりじゃなくって、居ずまい、たたずまいから、やることなすこと言うことまで、あれぐれえいい女を俺ァ二人と知らねぇ」

※集英社文庫 天切り松 闇がたり 第四巻 昭和侠盗伝 浅田次郎著 P276より抜粋

立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花

という言葉がありますが、おこん姉さんは黙っていれば、まさに上記の慣用句にピタリと当てはまる美人なのだと思います。

そして言うこととやることが、並の男性では相手にならないくらい「粋」で「いなせ」なのでしょう。

筆者は残念ながら、こんな女性に会ったことはありません。理想の女性像ということではありませんが、大変に魅力的な女性であることは間違いないでしょう。もし実在するとしたら、正直あまり関わりは持ちたくないですが、ずっと眺めていたい女性ですね。

以上、ずっと眺めていたい女性を眺めることが出来る、天切り松シリーズはいい本だなぁというお話でした。

参考 天切り松シリーズの他の記事はこちら↓

曲げれば楽で、曲げれば得があろうとも、一切を曲げずに歩く闇の花道。胸のすく悪漢小説。天切り松 闇がたり 闇の花道の感想です。
格好がいい男に、勝ち組も負け組もない。年収の高い低いもない。あるのは「心意気」ただ一つ。 浅田次郎 天切り松 闇がたり 残侠 感想を書いています。
犯歴のある全ての人間が悪とは限らない、犯歴のない全ての人間が善とは限らない。善悪の判断を法や国家に頼らない、自らの誇りと信義に命をかけるハードボイルド小説。読書日記です。浅田次郎著 天切り松闇がたり第三巻 初湯千両の感想を書いています。

この本を読むならこんな人

✔ 夫婦関係が最近うまくいってないかな?という人

✔ 恋人との関係が、少しダレてきたかな?という人

※もちろん上記以外の人が読んでも面白いです。

■作品;天切り松 闇がたり 第四巻 昭和侠盗伝

■著者;浅田次郎

■刊行;2008年3月

■版元;集英社

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