「『微妙な嘘は、ほとんど誤りに近い』ですね」

「『微妙な嘘は、ほとんど誤りに近い』ですね」

※文春文庫 死神の精度 伊坂幸太郎著 P188より引用

誰もが必ず当てることが出来る予言「絶対に死ぬ」。人間にとって重大な事実も、死神にとっては仕事の一部。事物の価値はユーザーによって全く異なる。

こんにちは。読書@toiletです。

読書@toiletの読書日記も兼ねて読んだ本の紹介させていただいてます。

死神の精度

本作は伊坂幸太郎先生の短編集です。本作の他に、死神シリーズとして「死神の浮力」という長編もあります。

参考 「死神の浮力」の記事はこちら↓

人間としての感情を持たない死神はとサイコパスの違いは、敬意の有無。伊坂幸太郎 死神の浮力の感想を書いています。

筆者は伊坂幸太郎先生の作品が大好きなので、他の作品も多く読みましたが、本作は特に伊坂幸太郎らしい作品と感じています。著者の「らしさ」とは、その独特の軽妙なタッチと表現がもたらす、清々しい読後感ではないかと思います。本作も「死神の精度」という作品名かもわかる通り、「死」という割と重いテーマを扱っているのですが、非常にさっぱりした後味です。天気の良い日にハイキングに来て、サンドイッチを頬張ったあと、景色を眺める時のような爽やかさすら感じます。重いテーマを骨抜きにすることなく、しかし重い衝撃を伴わずに読者に伝えることができる、伊坂マジックですね、これは。

本作は、もちろん「死神」が主人公です。死神と聞いて普通に連想するのは、「死」を司る神ですから、人間の命を取りに来る怖い存在ですが、本作の死神は少し違います。本作の死神は死ぬことが決まっている人間を本当に死んでも良いか?を確認する調査員という位置づけになります。

設定は以下の通り。

✔ ある人物の生死は死神が決めるわけではなく、既に決まっている

✔ 死神が担当する「死」は事故や殺人・もしくは突発的な自然災害などによってもたらされる「不慮の死」であって、病気や自殺などは担当範囲外となる。

✔ ただし調査員である死神が調査報告を、殺してはいけない=「見送り」とすることで、調査対象の人物を生かすことが可能となる。

✔ 自身の調査報告で、殺しても良い=「可」とすることで、調査対象の人物に死が実行されるが、いつどんな方法で実行されるかは、死神自身も分からない

本作を読めばおわかりになりますが、いわゆる神=超越者としての存在ではありません。死神なので、もちろん死ぬことがなく、また感情もほとんどないため、人間とはだいぶ変わっていますが、会社員と同じように上部組織からの司令を受けて働いているため、どちらかというと立ち位置のレイヤーがズレた存在という方が正しい感想かと思います。

冒頭に死神の考えをまとめた文章があるため、抜粋します。

人の死には意味がなく、価値もない。つまり逆に考えれば、誰の死も等価値だということになる。だから私には、どの人間がいつ死のうが関係がなかった。

※文春文庫 死神の精度 伊坂幸太郎著 P10より抜粋

上記の価値観で思考をする死神は、人間を徹底的に客観的な視点から語る存在となります。ここも本作の読みどころの一つと思います。以下、それがよく表れた場面です。

「そもそも、どうして刺したんだ」私は、前にいるワゴンが左折していなくなったので、アクセルを踏み込み、前の車両との距離を縮めた。左も右も、水田が続いている。

森岡は、私を見ず、むしろ逆方向の窓を眺めるようにした。「分かんね」

「おまえたちはいつも、自分のやったことが分からないんだ」

※文春文庫 死神の精度 伊坂幸太郎著 P213より抜粋

これは目からウロコが落ちるようでした。人間は全ての生物の中で、最も知能が発達している自負があります。世界に起こる様々な現象の謎を紐解き、科学に還元し技術へ昇華させることで文明を反映させてきました。しかし、意外に自分たちのやっていることを、あまり把握できていないのかも知れません。人間がとった行動に「なんで?」の問いを投げると、2つか3つくらいで「分かんね」となります。論理的に考え、理屈に沿って行動しているつもりでも、感情を排除することが出来ない限り、自分で自分の行動を100%理解するということは、不可能なのかもしれませんね。

参考 死神シリーズの名言をまとめた記事はこちら↓

伊坂幸太郎:「死神の精度」「死神の浮力」で印象に残るフレーズをまとめています。

嘘と誤り

この記事のタイトルは、本作に収載されている短編の内、1篇に登場する人物が昔見た映画にあったというセリフです。嘘にも善意の嘘と悪意のある嘘があります。「微妙な嘘」とは作中では「善意の嘘」と訳することもできるシチュエーションで使われています。善意の嘘とは、

「事実を告げることに、大きな意味がなく、逆に相手を不幸にしてしまう場合に、間違った事実を故意を伝えること。」

となります。一方、誤りとは

「本人も間違っていると気づかずに告げてしまった、間違った事実」

となります。この2つの決定的な違いは、善意の嘘は相手が幸福になる可能性が高いのに対し、誤りは不幸になる可能性が高いということです。従って、価値の大きさとしては、善意の嘘>誤りとなります。だから「微妙な嘘はほとんど誤りに近い」のであって、微妙な嘘=誤りではないのです。嘘と誤りのいいとこ取りをしたのが、「微妙な嘘」となります。

作中には、魅力的な表現がたくさん出てきますが、特に素敵な言葉だなと思ったので、タイトルにしました。微妙な嘘を使いこなせると、たぶん素敵な男になれます。

以上、死神の精度は不明だが、人間の精度は大して高くないかもしれい、というお話でした。

この本を読むならこんな人

✔ コールセンターで働いており、クレーマーにつきまとわれている人

✔ 反社会的な組織に属しており、やや危機的状況にある人

✔ 結婚詐欺にあったことがある人

✔ しつこく押し売りの電話勧誘にあっている人

✔ 子供の頃に誘拐されたトラウマがある人 

※もちろん、上記以外の人が読んでも面白いです!

■作品;死神の精度

■著者;伊坂幸太郎

■刊行;2008年2月

■版元;文藝春秋

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