『汝の敵を許せ、だが、その名は決して忘れるな』

「ケネディ大統領がこう言ったんだって。『汝の敵を許せ。だがその名は決して忘れるな』」

※電子版Kindle AX(アックス) 伊坂幸太郎著 より引用

人生のリセットは認められるか?大きな力と対峙する1人の殺し屋が振るう、蟷螂の斧が届くことを祈らずにはいられない。

こんにちは。読書@toiletです。

読書@toiletの読書日記も兼ねて読んだ本の紹介させていただいてます。

AX(アックス)

本作は伊坂幸太郎先生の人気シリーズ、殺し屋シリーズの第3作です。

参考 殺し屋シリーズの他の記事はこちら↓

珍しいアサガオを探し求める、セミとクジラと令嬢。いたる所に張られた伏線は、伏線であることすら気づかない、脱帽の設計と構成。伊坂幸太郎:グラスホッパーの感想を書いています。
蜜柑と檸檬の甘い匂いにつられた天道虫が迷い込んだのは、王子様が乗る東北新幹線。多様な価値観の衝突が生む火花。伊坂幸太郎著 マリアビートルの感想です。

前作、前々作までは、「殺し屋業界」を背景に物語が進行していたのに対して本作は、1人の殺し屋「兜(かぶと)」にスポットを当て、殺し屋「兜」の私生活も描かれています。従って同じ「殺し屋シリーズ」ではありますが、やや趣の異なる作品になっています。読者の皆さんの好みによって、評価が分かれるところかと思いますが、筆者は、どちらかというと「グラスホッパー」や「マリアビートル」の方が好きでした。

著者の殺し屋シリーズを読む時は、読者ですら気づかない何気ない描写が伏線になっており、その伏線を終盤に素晴らしいスピード感で回収していく「やられた感」と「爽快感」や、登場人物のコミカルな言動を期待してしまいます。本作も、もちろん上記の要素は盛り込まれているのですが、どちらかというと、殺し屋「兜」の家族との関わりを通して「ほっこり」する読後感の方が強いためです。誤解がないように念のため記すと、本作は本作で傑作であることは間違いないです。パニック+コメディの映画だと思ってみたら、ヒューマンな映画だったといったという意味で、筆者の期待と違っていたという意味です。

殺し屋「兜(かぶと)」

本作の主人公は殺し屋さんで「兜(かぶと)」と呼ばれています。本シリーズには、過去の「グラスホッパー」「マリアビートル」も含めると、かなりの数の殺し屋が登場しますが、殺し屋「兜」さんは、大変に優秀な殺し屋です。読んだ感じの推測では、シリーズの中でおそらくNO1ではないかと思います。

マリアビートルで登場した、腕利きと評判の殺し屋のコンビ「檸檬(れもん)と蜜柑(みかん)」も、殺し屋「兜」の回想で本作に登場しますが、殺し屋「兜」を非常に高く評価しているのが、その根拠です。

また殺し屋「兜」さんは珍しく妻子がいます。殺し屋としての腕は、作中屈指なのですが、度を越した恐妻家の設定になっています。

以下は、殺し屋「兜」の恐妻家エピソードです。

 夜食は「魚肉ソーセージ」一択:

共働きの奥さんは、朝が早いために夜中に起こさないよう、殺しの仕事で夜遅くなった際は夜食として「魚肉ソーセージ」を愛用しています。コンビニのおにぎりでも良さそうだが、消費期限が短いため不適当との見解を示しています。これは、万が一、奥さんが夜食を用意していた際、無駄になることを防ぐために、なるべく保存性の高いものが望ましい(奥さんが夜食を用意する頻度は、おおよそ年に3回程度)とのこと。なお、保存性では魚肉ソーセージに勝るカップラーメンは、パッケージを剥がす、お湯を沸かすなど、想像以上に音が発生するため論外とのこと。

妻から自分への批判は、さりげない感謝で収束させろ:

殺し屋「兜」さんは、恐妻家のため妻との会話にも、神経を張り巡らせ、それなりのノウハウを確立しています。妻との会話で最も気をつけることは、何気ない話でも、まずは大きなりアクションを心がけるのが基本となります。この際は「驚き」のリアクションが使い勝手が良いようです。例えば世間話で、お隣さんが引っ越した、といった何気ない話題でも

「なに!引っ越したのか?」

と言った具合に、驚き+オウム返し=大きなリアクション、が勝利の方程式となります。

ただ、コミニュケーションとは、このように単純なものではありませんので、当然、妻の機嫌が急降下することも、しばしばです。殺し屋「兜」はその際の対応も、ちゃんと心得ており、妻の矛先が自分に向き、やや遠回しに自分への批判に展開したタイミングが、勝負となります。この時の最も愚かな対応は「反論」で、最善策は、以下の通りとなります。

これは、殺し屋「兜」が愛する息子への関心が薄いのではないか?と妻からなじられて場面のケーススタディです。

心の歯車を停止させ、何も考えぬままに「確かに、俺はあまり、息子のことに注意を払っていないかもしれないな」と相手の批判を受け入れるほかない。欠点を認め、反省をし、改善を約束する。それがもっとも、円満に解決する道筋だった。最後には、「自分では、それなりに息子のことに気を配っているつもりだけれど、君に指摘されてみると、全然足りていないんだな、と痛感するよ。君のおかげで、また成長できた」と相手への感謝を、あまりへりくだることなく、伝えるのも重要なポイントと言えた。

※電子版Kindle AX(アックス) 伊坂幸太郎著 より引用

前半部分、「欠点を認め、反省をし、改善を約束する」という行為は、まぁ凡庸なものです。多くの男性が実践していることでしょう。殺し屋「兜」が殺し屋としても、恐妻家としても非凡な人材である部分は、後半に表れます。

「相手への感謝を、あまりへりくだることなく、伝える」

筆者は、この「へりくだることなく」と、伝え方にも気を配る部分に、殺し屋「兜」の凄みを感じます。「へりくだることなく」伝えることで、より自然に、相手にとってはリアルに感謝の念が伝わると考えるからです。やはり超一流の殺し屋ともなると、細部まで隙がないものです。

家族への愛は1メモリたりとも減ることがない:

恐妻家エピソードの最後は、やや「恐妻家」とは方向性がズレますが、殺し屋「兜」というキャラクターの根幹を為す部分です。殺し屋「兜」さんは、心の底から家族(妻)を愛しています。上記のエピソード2つを見ても、家庭の運営に一般の父親や夫を遥かに上回る労力を割いており、その消耗も大変なものになると考えられます。この原動力となるのが「家族(妻)への愛」となっています。これが世の父親や夫と違うところです。殺し屋「兜」は自分よりも、家族を圧倒的に大切なものと位置づけています。従って、殺し屋「兜」にとって、妻とのコミュニケーションは、多少は大変なものではあるが、苦にするものではありません。このように、「自分よりも圧倒的に大切なもの」がある人間は強いものだなと、改めて考えさせられます。

ケネディ大統領の処世術

この記事のタイトルとなっているセリフは、ケネディ大統領の言葉として紹介されています。過去のことは、全て水に流せ。ただし敵であったとこと忘れないということです。忘れないことで、「警戒」することができるからです。

筆者はこれまで、「許す」=「忘れる」と認識していました。しかし、ケネディ大統領は「許す」と「忘れる」を分けて考えていたようです。つまり、過去のことを、とやかく追求することもしなければ、態度に出すこともしないが、警戒を絶対に怠らないということです。さすが大統領ともなると言うことが違いますね。

本書の中で、最も重要な教訓だと考えたため、タイトルにしました。

以上、魚肉ソーセージは見た目以上に優れた食品だ、というお話でした。

この本を読むなら、こんな人

✔ 文房具メーカーの営業マン

✔ 美人教師

✔ デパートの警備員さん

✔ クリーニング屋さん

✔ マンションの管理人さん

※もちろん、上記以外の方が読んでも面白いです。

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