島田荘司:「御手洗潔と進々堂珈琲」を読んだ感想。彼岸花とソメイヨシノのトリビア。

妊娠する能力のない絶世の美女という可能性もある。この木は美貌と引き換えに、その能力を失ったと。

※新潮文庫 御手洗潔と進々堂珈琲 島田荘司著 P216より引用

こんにちは。読書@toiletです。

読書@toiletの読書日記も兼ねて読んだ本の紹介させていただいてます。

御手洗潔と進々堂珈琲

本書「御手洗潔と進々堂珈琲」は、筆者の大好きな御手洗潔シリーズで、比較的新しい部類に入ると思います。2011年4月に「進々堂世界一周 追憶のカシュガル」として刊行されましたが、改題し2015年1月に本作「御手洗潔と進々堂珈琲」として再度出版されました。御手洗潔が、まだ横浜で名探偵として活躍する前夜の物語。世界を放浪して日本に帰国し、京都大学の医学部に在籍しながらゆったりとした日々を過ごしています。従って、御手洗潔はまだ若く、20代半ばといったところでしょうか。おそらくこの後、再度渡米と帰国をもう一度繰り返した後、綱島のアパートで「占星術師」になるものと思われます。

御手洗潔が20代半ばくらいということは、だいたい1970年代前半と考えられるのですが、この頃に「世界放浪の旅」に出て、ふらっと京都大学に入学するのですが、かなりの資産家ですね。この辺の事情は、他の作品でポロポロと出てくるので深く触れませんが、何とも羨ましい境遇ではあります。

本作は、京都大学近郊にあるカフェ「進々堂」で、本作のもう一人の主人公である浪人生に、世界放浪の旅での出来事を語る形で進行します。御手洗シリーズの醍醐味である、奇想天外なミステリーを目の覚めるような手腕で解決する内容とは異なり、まったりと「あの国ではこんなことがあった」「この国ではあんなことがあった」と、えっちらおっちら語られるので、暇な休日の午後に日向ぼっこでもしながら読むのがいいと思います

ただ博識の御手洗潔が解説する雑学については、興味深いものがいくつかあったので、MEMOとして下記に書いておきたいと思います。

彼岸花

本作に収録されている「戻り橋と悲願花」で解説されている、彼岸花に関する記載は、筆者の知らなかったことで、思わず「へぇ~」となりました。何かの折の雑談で披露すると、やはり周囲も「へぇ~」となると思います。ただし、「へぇ~」となって終わるかと思いますが。

天上の花:

御手洗は彼岸花をあの世の花と呼んでいます。一般的にも、お彼岸の時期に咲き、飾られたりすることから、同様のイメージをもっている方も多いでしょう。非常に多くの異名を持ち

「死人花(しびとばな)」「地獄花」「天蓋花(てんがいばな)」「幽霊花(ゆうれいばな)」「剃刀花(かみそりばな)」「狐花(きつねばな」」「狐の松明(きつねのたいまつ)」「狐のかんざし」「捨て子花」「三昧花(さんまいばな)」「したまがり」「曼珠沙華(まんじゅしゃげ)」「はっかけばばあ」「葉見ず花見ず」

など、これ以外にもまだまだあるようです。どれも、少しあの世を感じさせる異名です。どうも昔は、地上の植物ではないと言われており、天上の花と考えられていたようです。彼岸花の別名「曼珠沙華」はサンスクリット語の「マンジュサカ」からきており「天上の花」という意味を持つとのこと。仏教でいうところの「天上界」つまり極楽浄土には花が4つ咲いており、彼岸花はその一つと言われているそうです。しかし、仏教上での曼珠沙華は「白くやわらかな花」で、彼岸花とは全く似ていないことから、真偽のほどは定かではない、と筆者は思っています。

変わった生態:

全草有毒、多年草の球根植物ですが、その生態が非常に変わっていると、御手洗は話しています。

彼岸花の外見は特徴的で、花びらの外のトゲのようなものがピンピンと跳ね出しています。これは実は、おしべとめしべなのですが、普通の花は、おしべめしべともに花びらの内側に位置するのに対し、彼岸花は花びらの外側に飛び出しており、かなり目立っています。受粉を有利にする効果があり、新しい土地になんとか根づこうとする受粉願望が現れているとのこと。

また、その成長過程も独特のもので、ほかの花と正反対の行動をとるそうです。普通の花が枯れる秋に芽を出し、一日に10センチという猛烈なスピードで成長します。瞬く間に50センチという長さの茎になって、上記に書いた特徴的な花を咲かせるのですが、花は1週間程度でしぼんでしまいます。同時に茎も一緒に枯れるのですが、今度は球根から芽が出て、こちらも猛烈な勢いで成長してく。秋に花を咲かせるので、この球根から出た芽は冬に葉となる計算です周りの植物がみんな枯れてしまっている中で、この彼岸花だけが青々と葉を繁らせたまま冬を越すとのこと。そして春になると、明るい陽光で存分に光合成を行い、球根に養分を蓄えます。さらに周囲の植物が最も葉を繁らす夏には、なんと枯れてしまいます。夏にこの花は存在ません。そして、また次の秋、周りの植物が枯れ始めた頃に芽を出して、一瞬で茎を成長させる。

御手洗の言うように、他の植物とは正反対の、変わった生態です。こんな変わった成長の仕方をしていれば、地上の花ではなく、別世界(天上)の花かも?と考えたくなりますね。

妊娠する能力を失った、絶世の美女

本記事の冒頭で紹介しているセリフは、御手洗潔が日本の桜「ソメイヨシノ」を評して発したものです。御手洗潔は何でも知っているので、彼岸花の生態以外にも、ソメイヨシノについても大変多くの知識を持っています。

実は子孫を残せない「ソメイヨシノ」:

日本で最も愛されている花と言えば桜ですが、日本の桜のおよそ80%がソメイヨシノだと、御手洗潔は言っています。どの木も葉がなく全ての枝が白い(薄いピンク)の花でびっしりと覆われ、葉がありません。「開花の爆発」と御手洗潔は評しています。そしてこの木にサクランボが生ることはありません

桜は既に平安時代に人気だったようですが、同時の桜は現代のソメイヨシノではなく、普通の山桜だったそうです。ソメイヨシノの誕生は江戸末期となります。花と花を交配させる、もしくは接木をして綺麗な花を咲かせることが流行した当時、東京の駒込にあった染井村には、植木職人が集まって住んでおり、その中の名人が、それまで成功しなかった桜の交配に挑むことから始まります。様々な桜を人工授粉させ、意図的に異なった組み合わせで交配させて作った桜の種を、一箇所に植えてみたところ、10年後に1本だけ、とてつもない数の花を咲かせた桜があった、これが現代のソメイヨシノだということです。

実は全部クローンだった?「ソメイヨシノ」:

ソメイヨシノはエドヒガンという木と、当時江戸に多く咲いていた、花が大きいオオシマザクラという桜の木をかけ合わせて作った新種でしたが、種をつけないため、増やすことが出来ません。従って、接木で増やすことにしました。(※2018年7月現在では、解析が進み、厳密には1回の交雑のように、単純な交配で出来たものではなく、複数の交雑によって生まれたものという研究も発表されているようです。)

動物には免疫システムがあるため、例えば臓器移植一つにしても、一卵性双生児の双子を除き、ほとんどの場合で拒否反応が起こります。しかし、植物にはこの免疫システムがないため、違う木の枝をくくりつけておくと、ちゃんと育っていくのですね。これが「接木」となります。

染井村の交配名人+植木職人は、ソメイヨシノの親とであるオオシマザクラの根の近くで幹を切り、先を薄く切ったソメイヨシノの小枝を固定しました。するとソメイヨシノは、親のオオシマザクラを土台に、ちゃんと成長し、はやり枝が見えないほどの桜の花をつけて。これがソメイヨシノを増やす方法が確立された瞬間です。

この方法であれば、1本のソメイヨシノから、大変多くのソメイヨシノを生み出すことができます。こうして、観賞用として大人気のソメイヨシノは、爆発的に全国に広がっていくのですが、興味深い点は、交配によって誕生したソメイヨシノの子孫が全国に広がったわけではない、ということです。接木によって、突然変異を見せた1本のソメイヨシノのコピーが、つまり1本の木のクローンが日本全国に根を下ろしていることになります。

動物の世界では、クローンを作ることは技術的な問題、倫理的な問題から、大変な障害がありますが、植物の世界では江戸時代から実現していたのですね。

以上、現在ではソメイヨシノは、病気に弱かったりするので、よく似た違う品種への植え替えが推奨されているらしいのですが、子孫を残せずクローン培養で増やされたとすると、大昔からたった1人だったという考え方もでき、ちょっとさみしい気もするなぁというお話でした。

■作品;「御手洗潔と進々堂珈琲」(進々堂世界一周 追憶のカシュガル 改題)

■著者;島田荘司

■種類;ミステリー

■刊行;2015年1月

■版元;新潮文庫

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