島田荘司:「異邦の騎士」を読んだ感想。記憶喪失とジャズ喫茶について。

「君、可笑しくないですか?フジツボが、こんなちっちゃな家を必死の形相で守っている。そんなもののために、自分の一生を大安売りするんです。」

※改訂完全版 異邦の騎士 島田荘司著 P113より引用。

天才かつ変人 御手洗潔(みたらい きよし)の愛あるミステリー

こんにちは。読書@toiletです。

読書@toiletの読書日記も兼ねて、読んだ本の紹介させていただいてます。

理想論を語るのは難しい

本作は島田荘司先生の人気シリーズ御手洗シリーズ第4作。御手洗シリーズはテレビドラマ化もされたので、ご存知の方も多いと思います。

冒頭のセリフは本作の登場人物「御手洗潔」の言葉です。

お金に代表される有形の財産以外にも大切なものはたくさんある、という、まぁある種、使い古された主張ではあるのですが、その独特の言い回しがとても印象に残りました。

他にも随所に見られる、その風変わりな御手洗の言動は、本作の読みどころの一つだと思います。

当たり前のことを、新しいメッセージとして届けてくれる。

「そんなことは分かってる、でも現実は違うんだよ」

ともすれば、そんな反感がムクリと頭をもたげそうになるキレイごとが、御手洗の独特の表現によって濾過されると見事に胸に刺さります(読書@toiletの場合)。

もし記憶喪失になったら?

冒頭、主人公が記憶喪失の状態から物語が始まります。

記憶が全く無くなるということを考えることはないのですが、改めて考えると恐ろしいですね。

✔ 自分は、何を目指して生きていたのか?

✔ 過去どんな考え方で生きていたのか?

✔ 今、好きだ(嫌いだ)と感じている事柄は記憶を失う前はどうだったのか?

✔ 記憶を失う以前の自分と記憶を失った自分の、物事に関する捉え方(例えば好き嫌い)が違う場合、つまりズレていた場合、どちらが本当の自分なのか?そして、記憶を取り戻した時、その「ズレ」は解消されるのか?

つくづく脳というのは不思議です。そして自分という存在は、本人と周囲の人間の記憶によって、その足場を築いている事実に気が付きます。

家族や友人は大切です

本作の舞台は1970年代なので、携帯電話はおろかインターネットが普及する前の時代。WEBサービスが発達した現在では、ある程度SNSを活用していて、スマートフォンさえ失わなければ、自分が何者か?はある程度すぐ分かりそうですが。

喫茶店とジャズ

本作の登場人物は頻繁に喫茶店(カフェ)を利用します。現在で喫茶店(カフェ)は買い物途中の休憩や、instagramなどのSNSネタ、仕事する場所、美味しいスイーツを食べる場所としての利用が多いですが、作中の時代では音楽を楽しむ場所でもあったのですね。スマホ経由でいつでも好きな音楽を手に入れ持ち歩ける現在とは隔世の感がありますが、音楽を聞くためにコーヒーを注文する。恋人に自分の好きな曲を聞かせたいがために喫茶店(カフェ)に入り、2人黙って曲に耳を傾ける。そんな場所としての喫茶店(カフェ)も素敵だなと思いませんか?

音楽の価値は昔も今も変わらない、普遍なものだと思いますが、作中の時代のほうが少しだけ音楽を大切にしているように思えてしまいます。

もちろん今の方が便利で暮らしやすいからいいですけどね。

この本を読むなら、こんな人

✔ ミステリーも好きだけど、恋愛小説も好き。

✔ 謎解きもメインじゃなく、登場人物のキャラクターや人間関係を楽しみたい人。

✔ やさしい脳内恋人がほしい方

変人の脳内友人がほしい方

中学2年生くらいからでも読めます。私はそれぐらいに読んで御手洗シリーズにハマりました。

※もちろん、上記以外の方が読んでも面白いです。

■作品;「改訂完全版 異邦の騎士」

■著者;島田荘司

■種類;ミステリー

■刊行;1988年4月

■版元;講談社

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