浅田次郎:「プリズンホテル 1 夏」を読んだ感想と、登場人物について。

「まったく何の期待もない習慣を営々と繰り返した末、ある朝、鏡に向かったら、前歯が突然、金歯になっていた」

※集英社文庫 プリズンホテル 1 夏 浅田次郎著 P139より引用

こんにちは。読書@toiletです。

読書@toiletの読書日記も兼ねて読んだ本の紹介させていただいてます。

プリズンホテル 1 夏

本書は、筆者が大好きな作家:浅田次郎先生による「プリズンホテル シリーズ」の第1作です。浅田先生が得意の任侠モノで、任侠団体(ようはヤクザ)が経営するリゾートホテルを舞台に、個性的なキャラクターと深い事情を抱えた宿泊客と従業員が、巻き起こす騒動や人間模様が読みどころの、笑いあり、涙あり、楽しく一気に読めるエンタメ小説です。1993年~1997年の期間に徳間書店から刊行され、後に集英社から文庫本が出ています。このブログでも紹介している「天切り松シリーズ」が1996年~2014年で執筆されているので、ちょうど入れ替わりくらいのタイミングで書かれた長編シリーズとなりますね。そんな時期的なものもあるのかもしれませんが、本作の登場人物は、天切り松シリーズに出てくるキャラクターとなんとなく似ています。物語の歩調は、ずいぶんと軽いものになっているため、若干テイストが違います。

参考 天切り松シリーズのまとめ記事はこちら↓

浅田次郎先生の「天切り松シリーズ」名言まとめです。

登場人物

本シリーズは、温泉街でリゾートホテルが舞台となります。ところが、このホテル、なんと任侠団体(ヤクザ屋さん)が運営しており、普通(カタギ)のお客様は滅多に来ない設定になっています。故に「プリズン(監獄)ホテル」です。主な需要は、任侠団体(ヤクザ屋さん)の慰安旅行や、出所者の垢落としとなります。超ニッチな市場向けのホテルですが、

✔上記のような団体やお客様を受け入れるホテルが殆どない

✔上記のような団体やお客様は大変に客単価が高い

ため、意外にも健全な経営を保っています。

物語は、時々手違いで宿泊する普通(カタギ)のお客様と従業員、常連客(任侠団体のお客様)が織りなす人間模様を描いていますが、それぞれのキャラクターが非常に個性的で、大変に賑やかな騒動が巻き起こる、楽しい読み物です。

本記事では、以下、「プリズンホテル 1 夏」に登場するキャラクターを紹介したいと思います。

木戸孝之介:

本作および本シリーズの主人公。プリズンホテルのオーナーであり、ヤクザの親分は叔父にあたる。職業は作家で、著作であるヤクザ小説「仁義の黄昏シリーズ」が大ヒットし、ベストセラー作家の地位を築いている。

しかし、仁義の黄昏シリーズは、「ちょっと頭の弱い絶世の美女で、懲役中の夫を待つ」内縁の妻=清子からの綿密な取材による徹底的な任侠社会のリアリズムと、平均して2Pに1度の割合で登場する露骨な性描写が、売れた理由のため文学的な評価は低い。自身もその点を、やや恥じている。

実家は東神田の衣料品工場だが、社長で職人の父が他界したため閉鎖された。本作は、その父の葬儀から物語が始まる。「親父はパンツに埋もれて死んだ」というセリフがたびたび登場する通り、主に下着を作る工場を運営していたと思われる。幼年時代に、母親が家庭を捨てて行方をくらましており、以降は富江という義母に育てられるが、母親に捨てられたトラウマから、大変に屈折した人格が形成された。

自他ともに認める「偏屈」で、自分の愛おしいという気持ちを、暴言と暴力でしか表現できないコミュ障だが、心根は優しいため、なぜか周囲の人々に愛される。

本シリーズでは、さまざまな出来事や出会いを通して、人格破綻者の木戸孝之介が精神的な成長がテーマと言えなくもない。

木戸仲蔵:

プリズンホテルのオーナー。広域指定されている任侠団体、関東桜会の筆頭幹部にして、関東桜会木戸組の初代組長。業界でも一目おかれている侠客で、主人公、木戸孝之介は甥にあたる。政財界に名を馳せる総会屋であり、人格者でもあるため、部下は愚か、有名企業の財務担当など彼を知る一般人からの信頼も厚い。

また容姿も優れており、大変な貫禄がある。以下、木戸孝之介の評価を抜粋する。

 仲オジは車寄せに立つと、一瞬、キッとよそ行きの顔をした。なんだか花道で見得を切る役者みたいだ。白い麻のスーツを着、ピカピカ光るシルクのシャツの襟に、ゲンコツぐらいのメノウを輪切りにしたループタイをしめていた。パナマ帽をちょっとかしげて冠っている。様子なんぞ、まるきり終戦直後の闇市の顔役という感じである。

 高級感と俗悪さが、ふしぎなくらい調和していて、それが高度なオリジナリティをかもしだしている。いわば究極のヤクザファッションだ。

 ぼくはたちまち太閤の黄金の茶室なんぞを連想して、たいしたもんだなあと感心した。

 仲オジは玄関に入ると立ち止まり、真ッ黒に色のついた偏光メガネにシャンデリアの火を孕ませて、一同を無言で睥睨する。そのさまも、聚楽第に還った太閤秀吉を彷彿とさせた。

※集英社文庫 プリズンホテル 1 夏 浅田次郎著 P101より引用

田村清子:

木戸孝之介の内縁の妻であり秘書的な役割を持つ。100人の男性が100人とも振り返るほどの美貌の持ち主であり大変な人格者であるが、やや知能が低い。本シリーズ中で筆者が最も心惹かれる登場人物。夫は任侠団体の構成員であり現在は服役中である。そのため業界の事情に大変詳しく、木戸孝之介の「仁義の黄昏」は、清子からの綿密な取材によるとことが大きい。これは、業界事情の取材にとどまらず、露骨な性描写にも同様のことが言える。以下、本文より該当部分を抜粋する。

清子と付き合い始めて三年になるが、ぼくはその間、清子を清子だと思って抱いたことがただの一度もない。いつも書きかけの原稿に登場する女の誰かだと信じて抱くのである。当然、僕も登場人物になりきる。

(中略)

こうした華麗なセックスについて、当初は清子もぼくを多重人格者だと思って焦ったようだが、根が床上手のスキモノだから、すぐにこのノリにハモるようになった。

(中略)

「サチエ、わしや・・・」

清子は引き戸を開けようとして、状況判断に苦慮しているようだ。

ヒントを与える。

「わし、やってもうた。浪花一家のオヤジ殺って(とって)きたんや。はよあけてんか、サチエ」

うーん、と声を出して清子は考え、まず引き戸を細く開けた。

「つけられてへんやろね、あんた」

「ああ、大丈夫や」

(中略)

「怖がらんでええよ。うちらがここにおること、だあれも知らんよって・・・抱いて・・・ええと、ええと」

「・・・ショーちゃん、だ・・・」

「あ、そう。・・・・抱いて、ショーちゃん」

「好きや、好きやでサチエ」

「ショーちゃん!」

※集英社文庫 浅田次郎著 プリズンホテル 1 夏 P141~144より引用。

悪意のある誤解が無いように付け加えると、筆者は決して変態ではない。清子が絶世の美女でありつつも大変な「天然キャラ」だが、このように天才的なアドリブの才能を持ち、恐らく本シリーズの登場人物中、最も純粋であると伝えたかったのだ。

花沢一馬:

プリズンホテル支配人。ホテル界のガリバー「クラウンホテル」から木戸仲蔵により引き抜かれた。クラウンホテルでの評価は最低で、毎年僻地をたらい回しにされてきたが、ホテルマンとしての能力は大変に高く、度を越した「ホテルマンとしての矜持」により、疎ましがられたのが、低評価の理由。以下、木戸仲蔵の評価が、花沢一馬を最もよく表現しているため、引用する。

「そうだ、俺ァぜんぶ知っているぞ。赤坂を水びたしにしたことだって、代議士の金集めパーティを断ったことだって、養老院のツアーにスイートルームを提供しちまったことだって、離島のリゾートに来る若者に、カード使用禁止なんて言ったことだって、おめえの起こした事件はぜんぶ知っている。そんなおめえを頭ごなしに左遷し続けたクラウンはどうかしてるぜ。おめえはこう考えていたな。不特定多数の人間が利用する施設は、銀行にせえデパートにせえホテルにせえ、みんな公器じゃなきゃならねえ、とな。その通りさ。世の中そうでなきゃいけねえ。器はでかくなりゃなるほど、底も深くならにゃ座りが悪くなる。

※集英社文庫 浅田次郎著 プリズンホテル 1 夏 P176~177より引用。 

服部正彦:

元クラウンホテル料理長。30歳の若さで著作を多数持ち、TV出演も度々ある、料理界の寵児。料理の腕前も天才的であるが、木戸仲蔵の陰謀により、プリズンホテルに引き抜かれた。本人は最初の頃こそ、左遷人事に落ち込んでいたが、もう一人の天才である、プリズンホテルの板長「梶平太郎」と出会い、料理人として成長していく。

ちなみに、上記以外の登場人物については、プリズンホテル 2 秋の記事で紹介しています。

参考 プリズンホテル 2 秋の記事はこちら↓

まったく何の期待もない習慣を営々と繰り返した末、ある朝、鏡に向かったら、前歯が突然、金歯になっていた。

本記事の冒頭で取り上げているセリフ、この文章は、主人公:木戸孝之介の独白から抜粋したものです。木戸孝之介は、ある事情から30年間、欠かさず日記をつけています。どんなに酔っ払っても、幼いときに右腕を骨折しても、一日も欠かすことなく日記を続けています。物語の途中、自身の半生を振り返った時、「この習慣による文章を書くことの膨大な積み重ねが、作家としての土台になっている」と分析した時の表現です。

継続は力なり、と慣用句に置き換えてしまうと味気ないのですが、

「ただ幼い頃からの習慣で歯磨きをしていたら、前歯が突然金歯になっていた。」

「毎朝の習慣で、トイレに入ったら、ある日突然、黄金のウンコが出た。」

といった表現だと、物事を継続することの偉大さが、妙に腑に落ちました。

「まったく何の期待もない習慣」というところが、またいいですね

以上、念のために繰り返しますが、筆者は変態ではありません、というお話でした。

■作品;プリズンホテル 1 夏

■著者;浅田次郎

■種類;エンタメ

■刊行;2001年6月

■版元;集英社文庫

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