池井戸潤:「半沢直樹シリーズ 1 オレたちバブル入行組」を読んだ感想。銀行の現実とイメージのギャップについて。

 

いいか、”銀行員である前に人であれ”だ。

※文春文庫 オレたちバブル入行組 池井戸潤著 P349より引用

こんにちは。読書@toiletです。

読書@toiletの読書日記も兼ねて読んだ本の紹介させていただいてます。

半沢直樹シリーズ 1 オレたちバブル入行組

本書は池井戸潤先生の大ヒットシリーズ「半沢直樹シリーズ」の第1作です。本書を原作とするドラマ「半沢直樹」が、TBSの日曜ドラマで2013年7月~9月クールで放映され、歴史的な視聴率を記録したので、大勢の方がご存知だと思います。

ドラマは堺雅人さん主演で、初回19.8%と高視聴率をマークした後も上昇を続け、最終回では42.2%を記録し、2000年代で最高、歴代でも3位の高視聴率となりました。

筆者は堺雅人さんが大好きだったので、もちろん全話見ました。あれから、ちょうど5年経ちますが、続編の制作を心待ちにしています。ちなみに筆者は、堺雅人さんのドラマではフジテレビの「リーガルハイ シリーズ」が最もお気に入りです。

なお、テレビドラマ「半沢直樹」は、本書「オレたちバブル入行組」と、2作目「オレたち花のバブル組」が原作となっています。

参考 オレたち花のバブル組の記事はコチラ↓

池井戸潤 著「半沢直樹シリーズ オレたち花のバブル組」を読んだ感想を書いています。

生々しい銀行内部の権力闘争

池井戸先生は、1988年に三菱銀行(現 三菱UFJ銀行)に入行し、1995年32歳で三菱銀行を退行、作家に転じるという経歴をお持ちです。まさに「オレたちバブル入行組」ですね。なお、本シリーズの主人公:半沢直樹も産業中央銀行へ1988年に入行しています。財閥系の銀行であり、合併後の行名が「東京産業中央銀行」となっていること、また財閥系銀行となっていることから、産業中央銀行=三菱銀行をモデルとしていることが伺えます。

そんな行員経験を持つ池井戸先生だからこそ、だと思うのですが、世間ではエリートの代名詞と捉えられている、銀行員の悲哀や熾烈な権力闘争が、これでもかと盛り込まれています。

本シリーズの大ヒットを分析したもので、

✔ 堺雅人・香川照之・及川光博・片岡愛之助など実力派俳優による熱演、怪演

✔ わかりやすい勧善懲悪の構図

✔ 会社員の不満の代弁する内容

✔ 「やられたら、やりかえす、倍返しだ!」フレーズの流行

などの要因をよく見かけますが、筆者はむしろ「一般認識としての銀行員」と「実際の銀行員」のギャップが面白いと思いました。

筆者が感じたギャップ①-失敗したら即 出向-

本書のみでなく、本シリーズを通して「出向」という言葉が頻出します。出向とは自分の所属先を離れ、業務命令として他の企業の元で働くことを言います。

銀行の場合、取引先に行員を受け入れてもらうことを指し、多くの場合は経理部門の社員として派遣されます。

一口に出向といっても、様々なケースがあると思います。

✔ 大口の取引先が経営危機に瀕し、多額の融資残高がある場合、取引先に倒産されると銀行の業績を直撃するため、役員もしくは社長として行員を派遣し立て直しを図る

幹部候補生として早期にマネジメントの経験を積ませるための出向

などは、能力を見込まれてのケースでしょう。筆者の出向に関する認識は、このような意味合いでした。

しかし、半沢直樹シリーズで取り上げられる「出向」は違います。管理職になれなかった行員や、何か失敗をした行員、つまり「評価が低い行員」が出向の対象となります。本書では、出向=処分という意味合いで使用されています。従って、年収も大きくダウンするとのこと。

筆者は、銀行に入行したら一生銀行員として過ごすと思い込んでいました。本書では、出世を重ねていく段階で、成功=次のステップ、失敗=出向、と脅される場面が多く出てきます。そして一部の「失敗をしなかった行員」が役員の椅子を獲得できるようです。

筆者が感じたギャップ②-強大な官庁-

本書の読みどころは、主人公:半沢直樹の

銀行の支店において、支配的な権限を持つ支店長:浅野匡(あさのただす)への反乱と対決

✔ 計画倒産をした西大阪スチール社長:東田満からの不良債権回収

ですから、ちょっと影に隠れてしまっている印象ですが、西大阪スチール:東田社長からの債権回収では、国税庁とも競合しています。

西大阪スチールは粉飾決算により、社長の東田満が多額の資産を隠したまま、会社を倒産させてました。これにより半沢直樹が融資した(させられた?)債権が焦げ付くのですが、同時に東田は法人税および所得税も納税していないことになります。つまり脱税です。従って、国税庁が追いかけ回し、半沢が先か、国税が先か、というデッドヒートになっているのです。

余談ですが納税に関する違反では、報道される際のステージが3つくらいあり、

✔ 申告漏れ・・・本当に経理上の手違いで、納税額を間違えてしまっていた。

✔ 所得隠し・・・社員が不正を行っており、本来より少ない納税額になってしまったが、社員個人の問題であり、組織的な悪意はなかった。

✔ 脱税・・・・・不正をして納税を免れた場合

だそうです。もちろん「申告漏れ」→「所得隠し」→「脱税」の順で深刻度が増していくそうですが、処分についても軽重があるのか?は知りません。

本書の中で、半沢直樹が務める、東京産業中央銀行_西大阪支店へ国税庁が調査に入る描写があるのですが、その圧倒敵な権力に驚きました。

国家機関なのですから、当然、権力が強大なものであることは自明なのですが、

✔ 突然やってきて、銀行業務に支障をきたすかどうかは、関係なく、強制的に調査の協力をさせる。例えば、「コピー機を3Fの会議室まで運べ」的なことまで、行員にやらせる。

✔ 10人くらいで乗り込んできて、数日かけて調査をするが、その間の食事代は銀行持ち。

など、まぁ食事代を銀行に持たせるのは、関係ないとしても捜査機関として、警察並みの強制力を発揮しています。

本書の描写には多少の脚色はあるとしても、国税庁に大変な強制力があることは、間違いないのでしょう。筆者はそこまでの認識はなかったので、「へぇ~」となりました。

やはり、権力の頂点は国家機関なのですね。経済の中心である銀行員も、国税庁には全く頭が上がらない様子でした。威張ることが好きな人は、大企業に入って出世するより国家公務員になる方がいいのではないかと思います。

いいか、”銀行員である前に人であれ”だ

これは、主人公:半沢直樹が産業中央銀行への入行が決まった際、半沢直樹の父親から発せられたセリフです。

銀行には2つの役割があります。「信用創造」と「決済機能」です

信用創造については、学校でも教えてくれますね。例えば筆者が100万円預金したとすると、銀行はそのうちの99万円くらいを、お金が不足している人(企業)へ貸し出します。そして、お金が不足している人(企業)は、銀行から借りた99万円で設備投資や、商品仕入れを行い、事業を広げます。もともと100万円しかなかった資金が、社会に還流することで、何倍もの経済を生み出すことを「信用創造」と言います。

また、不景気になった際、政府は真っ先に銀行を気にします。これは、世の中に無数の業種があるなかで、唯一銀行だけに「決済機能」を認めているからです。

経済とは金銭の授受そのものを指します。そして現金を除く、金銭の支払いを許されている業種が銀行だけなので、銀行が倒産すると、支払われるはずの資金が支払われない状態になり、経済活動が麻痺します。金融危機というと難しい印象を受けますが、要するに「金銭を支払う能力が社会から失われる」と筆者は解釈しています。

「晴れの日に傘を差し出し、雨の日に傘を取り上げる」

という表現が本書にも出てきますが、これは昨今の「信用創造」を少々犠牲にしてでも、「家再機能」を守る姿勢の表れだと考えられます。

バブル崩壊による金融危機の反省から、行政の規制が厳しくなり、信用創造の役割を話しにくくなっているのは間違いないと思いますが、ただの決済機能としての装置であれば、優秀な人材はあまり必要ではありません。正確な事務処理ができる人間がいればよく、さらに言えば機械がその業務を行えば十分です。3大メガバンクの大きな人員削減計画がニュースとして駆け巡るのも当然の流れと言えます。

「銀行員である前に、人であれ」

は、「決済機関であることより、信用創造の機関であれ」と置き換えられる気がしました。

以上、銀行員のイメージのギャップについて書こうと思ったのに、2つ目は国税庁の話になってしまったのですが、あまり気にせず、故・伊丹十三監督作「マルサの女」をぜひ見てみようと思った、というお話でした。

■作品;オレたちバブル入行組 

■著者;池井戸潤

■種類;経済小説,エンタメ

■刊行;2007年11月

■版元;文春文庫

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